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楽園の住人たちの生活と食卓

バリ島。南緯8°、東経115°。面積は5.500平方キロメートル。ほぼ愛媛県と同じくらいの大きさ。熱帯モンスーン気候のゆたかな雨とさわやかな風、そして力強い太陽に恵まれたこの島には、約290万人の人々が住んでいます。
インドネシア全人口の大半がイスラム教を信仰する中で、バリ島では約90%の人々がバり・ヒンドゥー・ダルマ(略してバリ・ ヒンドゥー)という特異な宗教を信仰しています。バリ島民の生活を語るとき、この宗教が大きなキーワードになります。イスラム教では豚は不浄の食べものとして忌み嫌われ ますが、バリ・ヒンドゥーの人々にとって豚はごちそうとして日々食卓に並ぶばかりか、 大きな儀礼・祭礼のときには欠かせない供物(料理)となっています。一部のカーストでは牛肉を食べない家系もありますが、一般には食べものに関してほとんど戒律はありません。
人々の生活はこのバリ・ヒンドゥーを基盤に成り立っています。家畜も果物もお菓子も、自然から受ける恵みはすべて、儀礼や祭礼の時にまず神々へ捧げられ、そのお下がりを皆でいただく、ということが日常的に習慣になっています。中でも農耕民族の多くがそうであるように、稲(コメ)の豊作を願う数々の儀礼や習わし、それに関する村の規律など、ヒンドゥー文化が渡来する以前から、この島には自然界に対する畏敬の念が深く根づいています。バリが「神々の島」と呼ばれるのは、ここを訪れた誰もが、島民の生活に密着した信仰を肌で感じることができるからでしょう。

村人たちの一日は、一杯の kopi(コーヒー)からはじまります。バリでは、山間部でさかんにコーヒー豆の栽培がおこなわれていて、収穫された豆は太陽に当てて乾燥させた後、焙煎され、パウダー状の粉にされて市場などに出回ります。今は焙煎も粉砕も簡単な機械を使って行われるところがほとんどですが、ほんの10〜20年前まではすべて手作業でした。パウダー状になったコピの淹れかたは、ティースプーン一杯程度をカップに入れ、好みで砂糖を加えてあとは熱湯を注ぐだけ。よくかき混ぜてすこしたつとパウダーは底へ沈むので、上澄みをちびり、ちびり、とやるわけです。
コーヒーが苦手な人は teh(お茶)。ジャワ島内陸部では昔からお茶が栽培され、いくつもの紅茶のメーカーがあって、広く庶民に親しまれています。
さて、バリではコピやテーとともに、軽い朝食がわりに簡単な jaja(お菓子)をよく食べます。godoh(揚げ菓子。バナナやジャックフルーツなどをカリッと衣揚げにしたもの)、jaja kukus(もち米を蒸してココナツの果肉のフレークをかけたもの)、sumping(もち米の粉にココナツミルクや砂糖を加えて練り上げ、バナナの葉でくるんで蒸したもの)、pisang rai(バナナのスライスに小麦粉の衣をつけて茹で上げたもの)、などなど。どれもおいしそうですね。ほとんどのジャジョはバナナやもち米、いも類、そしてココナツやヤシ砂糖を使った優しい味のものですが、2〜3個でけっこうおなかにたまる感じで、これはりっぱなブレックファストかもしれません。
バリ人は、毎朝、バナナの葉やヤシの葉で作った小さな容れ物に少しづつjajaやkopiを入れ、家にある数々の祠や地の霊に捧げます。神様たちも、いちにちの始まりはバリ風ブレック・ファスト、というわけです。
日々の食卓の準備は女達の仕事。朝早くから、近くの市場へ買い出しに行くことからはじまります。
市場まで行かなくても、雑貨屋の一角や
道端でこじんまりと野菜やスパイスや肉などを売っていることも多いので、毎日その日の分だけ、買い求めます。まとめ買いして冷蔵庫に保存、ということはあまりしないようです(田舎に行けばいくほど、冷蔵庫さえあまり普及していません)。
普通は、家族が一日に食べる分を朝いっぺんにつくってしまい、家人たちはめいめいに、好きな時間に食事をとります。ふだんからアルコール類をたしなむ人はまれで、お父さんが晩酌で一杯、ということもまずありません。
まず、主食はコメ。バリ人にとって何をおいても欠かせないのが「ごはん」です。パンはあくまでもおやつ、めん類はご飯のおかず、と考えます。「主菜」「副菜」という分けかたはなく、各々の家の経済状態にあわせて、豚肉や鶏肉、卵、カツオやイワシなどの魚類、タフ(とうふ)やテンペなどの大豆加工食品、そして新鮮な野菜を使った料理が食卓に並びます。調理方法は、冷めても美味しく、そしてすぐ傷まないようにと、油を使ってよく火を通し、スパイスを多用して濃い味付けにすることが好まれています。
外食産業はそれほど進んでいないとはいえ、どの村にもご飯と数種類のおかずを盛り合わせたお弁当のようなものを売る屋台や、簡単な中華風炒めものを出す食堂があります。朝から同じものを食べて飽きたり、ご飯やおかずが残り少なくなったりすると人々はこういったものを気軽に買い求め、家に持ち帰って食べたりします。

ハレの日のごちそうは、何といっても「豚」。まず豚の丸焼き、「ベー・グリン」。「バビ・グリン」ともいいます。
そして、「ラワール」。
ラワールは、肉や野菜、ココナツの果肉などをこまかくたたいてスパイスと和えたもので、豚の他に鶏、アヒル、田ウナギなどもラワールに使われます。しかし一番のご馳走のラワールといえばやはり、豚の生肉・生血を使ったものでしょう。こういった料理は、バリ・ヒンドゥーを基盤とする数々の儀礼・祭礼には必ずと言ってよいほどつくられ、まず供物として神々や神格化した祖霊に捧げられます。その後、村人たちに配られてみんなでそれをいただく、というわけです。
これらの大がかりなご馳走をこしらえるのは、もっぱら男達。時には100kgを超える巨大な豚を絞めることから始まり、その血を地の霊に捧げた後、解体します。皮・肉・内臓、あますところなく使って、揚げ物やつくねのような串焼き、煮込みなど、数々の料理をつくります。
他に、鶏やアヒルをつぶして、スパイスなどと一緒に丸ごとビンロウジュの幹の皮に包んで蒸し焼きにした「ベー・トゥトゥ」も、供物料理かつご馳走として人気があります。
最近は、町の食堂や屋台などでもこういう料理を出すところが増えました。バリの人に「代表的なバリ料理は何ですか?」または「あなたのいちばん好きなご馳走は何ですか?」ときいてみると、たいていの人が「バビ・グリン」「ラワール」と答えるでしょう。豚の丸焼きはともかく、ラワールは、世界中さがしてもバリ島だけにしかない、名物料理と言えそうです。

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